人はどうして移り住むのでしょう。
それまで暮らした、その土地、その街、その家には、
それぞれの愛着があり、その人が過ごした思い出が詰まっています。
ただ、ここではないどこかに行けば
もっと世界が広がっていくような気がして
未だ見ぬ土地へ足を踏み出したくなるのかもしれません。
そこには、新たな出会いが転がっていたり
偶然のチャンスに巡り会えるかもしれない。
はたまた、離れてみたからこそ気づく
地元の良さや、昔住んでいた町の魅力に気づくかもしれない。
そうして、自分を振り返ったり見つめ直したりしながら
自分にとっての居心地のよさを確かめて、自分にとっての理想郷を追い求めていく。
そんな気がしています。
誰かにとっての理想は、必ずしも自分にとっての一番ではないかもしれませんが
少しでも、あなたにとっての心地よさを探す指標になれたら幸いです。
今号では、編集部セレクトのオススメの地域をご紹介します。
これからの暮らしや移住地探しのヒントを、ぜひ見つけてください。
写真:みやちとーる
今号の「TURNSな人々」でご紹介するのは、
写真家・若木信吾さんです。
故郷で何か始めるつもりなら、一度地元とかけ離れたイメージの
遠い土地へ行くのがいいんじゃないかな。ブラジルとか、フィンランドとかさ(笑)。
ないものは つくればいい
イメージをカタチにする。
写真を生業とする若木信吾さんにとって、それはごく自然な行為だったのかもしれない。
「大学時代を過ごしたアメリカの田舎には、店主が一人で経営する小さな本屋が結構あって、なんかのんびりやってるんですよ。突然店閉めてコーヒー飲みに行ったり、店内で猫飼ってたり(笑)。でも、店主が読みたい本、売りたい本はちゃんと置いてある。その雰囲気が好きで、よく通いましたね」
昔を懐かしむように目線を軽く遠くに向け、独特のしっとりとしたペースで写真家は言葉を紡いでくれた。相手を気づかうユーモアも忘れない。業界の第一線で活躍する彼の活動拠点は、東京。にもかかわらず、故郷の静岡県浜松市に「BOOKS AND PRINTS」という本屋を6年前から営んでいる。胸の内に焼きついた米国の本屋のイメージを再現するのにふさわしい場所が、気忙しい都会ではなく、ゆるやかな時間が流れる地方都市だったからだという。
「遠い国で、お気に入りの場所を見つけたとするじゃないですか。そうすると、またここに来たい、というよりは、その心地よさや雰囲気が身近に手に入るほうがいい、って思っちゃうタイプなんですよ。サンフランシスコから東京に移り住んで、なんとなくサンフランシスコのほうが居心地いいなと感じて。なぜかと考えてみると、そこに本屋の存在があったんです」
思い描いたのは、店員と客の一対一のコミュニケーションがある店。ニューヨーク州の片田舎や、サンフランシスコにあるインディーズの本屋の、ちいさいけれど洗練された雰囲気。そもそも東京は似合わないし、物理的に家賃も高い。とくに地元のために何かしようという思いはなかったが、おのずと土地勘のある浜松に出店を決めた。東京からのアクセスもよく、全国から客を呼べる可能性も、理由のひとつだった。
「地元に似たような店がなかったのも理由ですかね。東京で同じ店をやるかといわれれば、やらない。ほかにありますから。何かを始めようとするとき、やりたいことのイメージがわかないなら、故郷や住んでる土地とは真逆のイメージの国や場所に行くといいんじゃないかな。ブラジルとか、フィンランドとか(笑)。そもそもいろんなところに行ったことがないと、自分の地元が基準になっちゃうじゃないですか。知らない土地に行ってこそ見えてくるものもあるっていうか。そこでいいなと思ったり、こういうふうな時間を過ごしたいと思った場所を、身近につくればいいわけだから」
旅先で心地いい場所に出会う。故郷にはないけど、その原風景と重ねたとき、妙にしっくりときて、あったらいいなと思える場所。そういう店をつくればいいと、若木さんは言う。その言葉は、地方とのつながり方を模索する人々への、心強いメッセージにも聞こえる。
ゆるやかに広がる 内と外のつながり
「BOOKS AND PRINTS」は本屋だが、人の輪を広げながら歩んできたという不思議な側面がある。なんらかの店をつくれば当然のことかもしれないが、若木さんの店の場合は通常のそれより、少し影響が深いように感じられる。
その広がりは2010年、いまのビルに移転する前の小さな店からはじまった。当初店番をしてたのは若木さんのお父さん。そのころの常連客は彼を慕い、のちに数名が従業員として働いている。単にセンスのいい店、ではそうはならなかっただろう。お父さんの人柄が窺えるエピソードだ。ちなみにスタッフは皆、元お客さんか紹介で、公募したことはない。
2012年に現在のビルに移転したあとも、縁は広がり続ける。移転先の「KAGIYAビル」は取り壊し予定で、オーナーが若い世代にビジネスチャンスを与えようと、空室を格安で貸し出していた。オーナーと出会い、その考えに共感した若木さんが移転を決めたのを皮切りに、カフェ、Bar、シェアオフィス、アンティークショップなど、個性的な店が次々と入居。テナント同士の交流が徐々に生まれ、マルシェなどの共同イベントがしばしば催されるようになった。
移転したことで広いスペースを得た若木さんは、自身の幅広い交友関係から、作家や写真家、編集者やデザイナーを招いて、年に数回トークイベントやギャラリーを実施。普通なら浜松に来るはずもない著名な人たちと、若木さんの周囲の人とのゆるやかなつながりができていった。そこに感度の高い地元の人が集うのは、自然の流れ。近隣の店との親交も深まり、互いの店を行き来するように。イベントがきっかけとなり、県外からの客も日常的に訪れている。
文:志馬唯 写真:朝野耕史
全文は本誌(vol.21 2017年2月号)に掲載
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