郡上割り箸でつながる長良川流域

長良川流域で営まれてきた暮らしについて考える時、川だけではなくその周りの環境にも目を向けることが必要になってくる。

長良川流域に暮らす人々は、昔から川の恵みを享受し、その暮らしに役立ててきた。しかし、川の近くに暮らしていると、それは目の前にある当たり前の風景となり、川について深く考える機会はあまりないのかもしれない。そもそも、その恵みをもたらす長良川がなぜ豊かなのかを考えると、それは地域の山の豊かさに繋がる。遠くから見る山は、“自然”の代名詞のような存在で、そこに人の力が介入して管理されているとは、都会の人からしたら想像すらできないかもしれない。

今回は、自然豊かな郡上市で山の環境を守りながら、その資源を生かして地域の活性化を考える『郡上割り箸』のオフィスを訪ねた。

 


割り箸から思い描く地域のあり方

今使ってる割り箸って、どこ産の割り箸だろう。

食材の産地や洋服の産地を気にするように、いつか一般の人が割り箸の産地を気にするようになる。そんな未来を作ろうと日々努力する企業が、岐阜県郡上市の山奥にある。

郡上市は、岐阜市街地を抜けて、美濃市よりもさらに北に車を進めたところに位置している。
山の中腹にある郡上割り箸の工場に到着した頃には、まちなかでは見られなかった雪もまだ残っていて、関市・美濃市とはまた違った町の雰囲気が漂っていた。


「いまだに木を切ったら環境破壊だと思っている人がいるんですよ。国産の割り箸っていうのはもともと余った木を使ってて。いわゆる“もったいない精神”からきてるから、その誤解をとくっていうこともしないといけない」

『郡上割り箸』を設立した小森胤樹つぐきさんは語る。現在、『郡上割り箸』では、割り箸以外にも県産材で作るつみきの製造も手がけている。

「この会社って名前は割り箸なんだけど、“郡上の森林に感謝する会社”っていうのがポリシーなんです。だから、森に関することでここを使ってできることなら、なんでも商売にしていこうって考えています」
会社の名前から割り箸を専門に作っているのかと思ってしまうが、そうではないようだ。


「もともと任意団体として活動してたんですよ。だけど事務所も固定電話もない状態で動き始めたら、現場にいない僕に全部連絡がきてしまって。これじゃあどうにもならんからってことで、会社にすることにして。縁あって、この工場を借りられることになったんですけど、その時すでにつみきを作ってる事業所が入ってたんです。

当時は、県産材で木のおもちゃ作ってるところなんてなかったんで、岐阜県も緊急雇用で人雇って“県産材のおもちゃです!“って、PRしてて。でも、その緊急雇用が3年で終わっちゃうっていうから、じゃあうちでそのまま事業引き継ぎましょうということになりました」

様々な木材から作られるつみき。磨き上げられたその形は手に取ると、つるっとして触り心地がよかった。

会社の立ち上げ当初からつみきの事業は決まっていたというが、なぜ会社の名前を『郡上割り箸』にしたのだろう。

「なんで割り箸の会社がつみき作ってるの?って、よく聞かれますね。でも、もともと割り箸をどうにかしたくて作った会社だから。よくも悪くもこの変な状況を面白がって、営業にも使っていこうって。それで、会社名には割り箸を使って、その中の事業として色々なことをやっています」

小森さんは、もともと環境に携わる仕事がしたいと思い、大学では化学を学んでいたそう。

「林業は、始めてから今年で16年になります。その前は白衣きて実験する仕事してたんですよ。ただ、研究職なのにあんまり研究のこと考えてなくて、勉強もあんまりしてなかった。ある時、僕はなんのためにこの仕事をしてるんだろう…って思って。それで転職することにしたんです。次は外で何かやれる仕事がよかったのと、これから面白くなりそうな業界は何だろうって考えた時に、林業を始めました」

前職が研究職だったと聞いて驚いたが、環境に携わるという意味では林業も研究職も共通するものがあるようだ。小森さんは、林業の現場で働きながら、『郡上割り箸』を立ち上げた。どうして数ある木製品の中から割り箸を選んだのだろうか。

加工される前の木材。

「もともと林業の世界に入る時に、日本の山のこと、林業のことを世の中に知ってもらわないといかんと思っていたんです。一般消費者に国産の木を届けるために、誰でも使える木材ってなんやろうって考えた時に、割り箸だったらみんなに届けることができるなと」

私たちの身近にある割り箸。しかし、その木がどこでとれたものかなど知るよしもなかった。現在日常的に使われている割り箸は、ほとんどが外国産とのこと。

改めて、郡上割り箸を手に取ってみると、一本一本色が異なり、匂いをかぐと杉のいい香りがした。この杉の香りが木を腐りにくくするため、木を漂白したり殺菌する必要がないので、杉本来の色や香りが残っているという。

割り箸の事業が始まると、小森さんの他に実際に現場を回してくれる人が必要になった。その時に働き始めたのが、野村純也さん。野村さんのお父さんと小森さんがもともと知り合いで、うちの息子どうや、と紹介してもらったのがきっかけだそう。


「僕は、岐阜市出身なんです。高校生の時まで市内で過ごしてて、長良川とか遊び場だったんで、本当に目の前にあるのが当たり前な日常の風景でした」

野村さんは、岐阜市から郡上市にそのまま移り住んできたわけではなく、紆余曲折を経て『郡上割り箸』で働くことになったという。

「前職で飲料の販売を7年半くらいやっていたんです。クライアントがスーパーとかコンビニだったんで、24時間気を休めることもできなくて。お金はよかったんですけど、体力的にも精神的にも限界だなって思って、やめました。
そのあとワーキングホリデーで、カナダに行ってたんですけど、都会やだなってやっぱり思っちゃって(笑)それで、ロッキー山脈の方で家を探してる時に現地のオーナーさんに出会って、勢いでそっちの方に行っちゃいました。何がやりたいのかって聞かれた時にスキーとかしたいですねって話したら、そのオーナーさんがスキー場の人事も統括してるっていうからそのまま仕事も紹介してもらえて」

小森さんとの出会いといい、野村さんには人を引き寄せる運のようなものがあるように感じた。
移動中、車内からみた郡上市の風景

「引っ越した先が標高1500メートル以上の場所だったんですけど、そこの風景を見た時にちょっと岐阜の風景と被って見えたんです。久しぶりに自分の故郷を思い返した時に、危ないからっていう理由で子供が川で遊べなかったり、メダカがいなくなってたりとかっていう地元の現状を考えると、どうせ次の仕事をするなら為になることというか、地元の役に立てるような仕事ができたらなって思ったんですよ」

帰国後、名古屋の企業に内定をもらっていたそうだが、スーツを着て電車にゆられる姿を想像したときに、これでは前と同じだと感じて内定を辞退。そして父親の紹介で小森さんと出会い、そのタイミングで郡上割り箸で人を募集していたという経緯から今に至るという。

「この仕事始めてから、川のこととか森のことを気にし始めたけど、普通の人は川がどうとか森がどうとか考えてないと思うんですよね。岐阜って森もあるし川もあるんだけど、身近な自然が少ないなって感じるんですよ。甥っ子ができて、遊びに行こうと思ったら、土に触れる場所まで車で15分くらいは走らせないと行けなかったり。でも、そのことすら実感してる人少ないんじゃないかなって。僕はカナダに行ったりして外の視点を持つことができたから、こう感じるのかもしれないですけど」

 


郡上割り箸を軸に循環する資源と資金

人の手が加わった山は、しっかりその環境を管理してあげなければ、そこの生態系は崩れてしまう。そしてその管理の過程で郡上割り箸に使われる木材が生まれる。割り箸と聞くと、森の木を伐採して作るんだから環境によくないでしょう、と想像してしまうかもしれないが、郡上割り箸の場合そうではない。

「林業の現場に携わるようになって実感しました。日本の木が余っているのに外国から木を輸入する必要があるのか、値段が安ければそれでいいのかって」(小森さん)

木材は倉庫で管理されている

小森さんが思い描く『郡上割り箸』の未来について伺った。

「いつか絶対大手の飲食会社が国産割り箸に変えるっていうふうになると思うんですよ。使い終わった割り箸をバイオマスエネルギーとして利用すれば、それはゴミではなくなる。飲食店とエネルギー会社が組めば、地域ででた使用済みの割り箸も地域内で循環させることができる。もちろん課題もありますけど、10年前では考えられなかった仕組みが、今の時代ではできる可能性があるんです」(小森さん)

木材にしても、お金にしても、これからはいかに地域の中で資源をまわしていくことができるか、地域内循環ができるかが大切だと小森さんは話す。

「例えば、100万円をすぐに市外の会社に支払うんじゃなくて、その100万円をいっぺん市内の会社に支払うようにする。それで、なんか作ってください、っていうことを地域内で何回まわしていくのかっていう仕組みを作ることができれば面白い。杉1立米りゅうべいが市場での価格で1万円とすると、それを建築材として製材して、町の工務店が買うときは5万円くらいになるんです。だから、原木1万円が5万円で製材されて出ていく」


「でも、割り箸の場合は杉1立米を割り箸材として1万円で購入したら、だいたい割り箸が2万5千膳くらいできるんですよ。1膳5円で買ってもらえるなら、12万5千円になって出ていくわけです。原木がそのまま市外に出ていったら1万円のままですけど、それを郡上の中で加工して5円で買ってもらえれば12万5千円がここで働く人に支払われる。僕らは割り箸を通じて資源や資金の地域内循環を一つの事例としてやりたいし、それが他の会社でもやっていければいいと思っているんです」

原木をただ売るのではなく、地域の企業を巻き込みながら、地域の中で製造過程も循環させていく。その過程に関わる人が増えれば、最終的に市内に落ちるお金も増える。郡上割り箸から見えてくることは、環境保全という側面だけではなく、地域のあり方そのものに及んでくる。

野村さんは、いろいろな地域で暮らした経験から、田舎で働くことについてこう語る。

「田舎に来てこんな自然豊かな暮らししてますよって言うことも大切ですけど、田舎に来たけどこんなに稼いでますよって言わんことには何も広がっていかんと思うんですよ。もちろんお金じゃない部分で地域の人から野菜もらえたりっていうのもここでの暮らしの魅力の一つですけど、田舎暮らしだってお金は必要なので」

自然豊かな暮らしや人との関わりということは田舎暮らしの魅力としてよく耳にする。それに加えて、田舎でもしっかりお金を稼ぐことができるなら、田舎暮らしをしてみたいとリアルに考える人も増えるだろう。

順序として、山を守ろうという考えがあって地域内循環の話が出てくるのか、お金を稼ぐことは必要で結果として山を守れる、どちらなのか伺った。

「どっちも大切ですね。僕は山を守る立場から、モノを作って売っていくことをやって来たんですけど、全部がうまく回らなければ何も良くならないって感じてて。どっちから入るかって話だと思いますよ。林業始めた人も山だけやっててもどうにもならないってわかってくるし、モノづくりの人が木にこだわった商品作り出したら日本の木がこうなってるから杉や檜でモノを作ろうってなるし」(小森さん)

林業から入るのか、モノづくりから入るのか。
結局、この二つの入り口は次第に繋がり一つの関わり方に行き着いていくことになると小森さんは話す。

現在、郡上割り箸は、郡上市でどれくらい使用されているのだろうか。

「今はまだ、少ないですね。正直、都会の方が使ってもらえるんですよ。もちろん地元で営業してないわけじゃないんですけど、最終的に値段が少し高いって話になっちゃって。値段の話になってしまうと、僕らはどうしようもないんです」(小森さん)

郡上割り箸は、まだ十分な販売量を確保できていない部分もあり、現在、割り箸の製造については外に委託している。
しかし、郡上市内でも郡上割り箸を使ってくれるところは、徐々に増えてきていると言う。

「例えば、地元で観光客相手に飲食店をやっていくんだって言う意識のある人は、郡上割り箸みたいなものがあるなら、自分のお店で揃えてアピールしたいって使ってくれる。地元を活性化しようとしてる人の集まりって、ある意味狭いコミュニティなので、こんなことやってる人おるよって紹介してくれたりするんです。
他にも、一般の主婦の方が、この割り箸をすごい気に入ってくれて、私がこれを広めますって。気に入ったから自主的に営業してくれるって言う(笑)主婦の方を仲間につけていくっていうのは僕らの営業するところの一番大切なところだなと感じてます」

一般の人にとって身近な割り箸だからこそ、こうした口コミでの広がり方も可能なのだろう。

取材後、町のレストランに入ると、ご飯とともに郡上割り箸が出てきた

「まずは、割り箸買ってもらわなくても飲食店に行った時に『国産の割り箸ください』って聞いてもらうだけでいいんです。そしたら、絶対ありませんって言われると思いますよ。でも、一般の人が色々なところで国産の割り箸ないですか?って言ってくれれば、お店としても置いとかなあかんのかなってなるんですよ。だから、飲食店に入ったら『国産の割り箸ありますか?』って聞いてください(笑)」

郡上割り箸が郡上市に広がるのは最後の最後になるだろうと野村さんは語る。

「現状、郡上の人は、値段が高いからとかなかなか木に対して価値を見てもらえないんです。僕も岐阜市出身なんで気持ちはすごくわかるんです。海に面してない県が山に対する価値はないのに、海に対する価値は異様にあるみたいな(笑)それに、日本って逆輸入が好きじゃないですか。海外で流行ってたものが日本で流行るみたいな。外の人が郡上に来て、あれ、郡上割り箸置いてないんやって言ってもらえた時にこの郡上の地でも割り箸を使ってもらうことができるのかなって思います」

 


人と自然がつながり形成される長良川

山の環境を守りたいという想いが、郡上割り箸を生み、その割り箸が自然環境だけではなく地域経済にも影響を及ぼす。郡上割り箸を通して見えてきたことは、これからの地域のあり方であり、そこに対する人々の関わり方だった。


改めて、長良川の恵とはなんなのだろう。

山の恵は長良川を軸に、その流域に還元されていく。
山が川を育み、川はそこに暮らす人々に恵をもたらす。その川の水が海まで流れると、豊かな海が育まれることになる。『市』という区分を超えて、長良川流域という規模で、人や自然は相互に影響し合いながら生きてきた。一級河川として、これだけの流域人口を抱えながら、豊かな自然・伝統・文化を有している地域も珍しいだろう。人も自然も全てが繋がり、“長良川”が形成されている。

今回取材した、美濃和紙も鵜匠も郡上割り箸も含めて、長良川流域には“長良川の恵”と呼ぶべき魅力が多く存在している。それは形あるものだけではなく、この地域の自然を守りたい・伝統や文化を守りたいという想いも含まれているのだと感じた。

(写真・文:矢野航)

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